アーカイブ ‘ 2008年 12月

生き延びるためのラカン


『生き延びるためのラカン』(斉藤環、バジリコ)

この本は、フランスの精神分析家である、ラカンの考えを中心とした精神分析の解説書です。もともと昌文社のサイトで連載されていたもので、当時、それを読みながら「おもしろいなあ、本にすればいいのになあ」と思っていたのですが、忘れた頃にようやく本になりました。

おもしろいと書きましたが、難解とされるラカンの考えを解説した本なので、その考え方自体は決して親しみやすくありません(僕自身も本書の内容を理解できているとはまったく思っていません)。想像界とか鏡像段階とか対象aとかの特有の用語は出てきますし、精神分析的な考え方そのものに拒否反応を起こす人もいるでしょう。斉藤氏の文体も「日本一わかりやすいラカン入門」を目指すあまりか、こちらが気恥ずかしくなるような話し言葉です。

では、何がおもしろいのかと言うと、ラカンの考えを説明するために引き合いに出される「たとえ話」が、現に私たちの周りにある出来事だということです。

例えば、「欲望は他人の欲望である」というラカンの言葉から、「たまごっち」などのブームが引き合いに出され、他人の欲しがるモノが欲しくなるという人間の心理が語られます。そこから西武百貨店の「ほしいものが、ほしいわ」というキャッチコピーを例にして、欲望の本質性が語られ、さらに携帯電話の話に展開して、ネットワークが発達した現在では、モノではなく「コミュニケーションだけで満たされてしまう人たちが大量に存在する」という斉藤氏の知見が披露されます。

これは、今までモノを買うことによって満たされてきた人々の欲望が、友達と携帯で話したりメールを交わしたりする、そういう他人とのコミュニケーションそのもので満たされてきている、ということですね。本書の中ではCDが売れなくなってきた理由として語られていますが、僕も広告関係の仕事をしてきた中で、「もう昔ほど、人々が買い物自体に関心を持っていないのかな」と感じていましたから、この説はなるほど、と思いました(すべてを精神分析的に説明できるとは思いませんが)。

こんなふうに、本書ではラカンを解説しているはずが、一方では現在の日本をラカンによって解説している、とも読み取れます。本の帯にも「使えるラカン解説書」とありますが、ラカンの考え方を、いわば現代社会を読み解く「ツール」として使っているわけですね。「ラカンの解説」であると共に、「ラカンの使い方」にもなっている、そのあたりの斉藤さんの手際が非常に見事です。

副読本としては内田樹の『寝ながら学べる構造主義』を挙げておきましょう。僕も二十歳ぐらいのときに粋がって構造主義の本は何冊か読みましたが、あの当時にこんな優れた入門書があれば、その後の人生もずいぶんと変わったかもしれません。「たまにはちょっと歯ごたえのある本も齧りたいけど、歯茎からの出血が心配で・・・」という向きには、幸い、どちらの本もAmazonでは「なか見検索」ができるようですので、僕の紹介文などではなく、じかに中身を確認されるとよいでしょう。
『寝ながら学べる構造主義』(内田樹、文春新書)

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