アーカイブ ‘ 2009年 1月

AVANTI COCKTAIL BOOK

『AVANTI COCKTAIL BOOK』
(TOKYO FM出版)

たまに一人でふらりとバーに入ることがあります。僕がよく足を運ぶのは、とある「隠れ家バー」なのですが、この店は世間から隠れすぎていて客がほとんど来ません。どうやら最初から隠れ家を目指したわけではなく、結果的に隠れ家になってしまったようです。客が押し合いへしあいしている店も一人客にとっては落ち着きませんから、店の条件としては悪くないのですが、閉店してしまうと困るので潰れない程度に通う必要があります。

メニューがないので、注文はいつもアバウト。「グレープフルーツを使ったやつで、炭酸が入ったもの」という感じです。カクテルブックのいいところは、あらかじめ何種類かカクテルの名前を覚えておけば、メニューがない店でも自分の好みに合った酒が飲める、という点にあります。ただ、この隠れ家バーなどはたまに「アレクサンダー」などと注文すると、「生クリームは足が早くてコストがかかるから、うちは置いてないんですよ」と、かなり湿っぽい理由で断られます。まあ、客が来ないんだからしかたがありません。

この店に行くのは、たいてい開店して間もない時刻。チャンドラーの『長いお別れ』を持ち出すまでもなく、カウンターやグラスがまだピカピカと輝いている時間帯。その頃だとバーテンダーも暇を持て余しているので、ちょっとからかいに行くような感じでしょうか。一応、オーセンティック・バーと呼んでいいかもしれませんが(そのわりにはオーセンティックの条件にかける部分が多々ありますが)、自分とあまり年が変わらないバーテンダーと交わす話は、他に客がいないせいもあって下ネタばかり。こんな話ばかりしているとカウンターの輝きもへったくれもありません。

さて、本書のこの「AVANTI」というのは、TOKYOFMの長寿ラジオ番組「サントリー・サタデー・ウェイティング・バー・アヴァンティ」に登場する架空のイタリアン・レストランです。いわば番組本なのですが、この番組のメインである、各界の著名人たちによる「東京一の日常会話」は本書では全く登場しません。あくまで番組の舞台であるAVANTIのウェイティング・バーが主人公です。

簡単に言えば、題名どおりカクテルの紹介本だと言っていいでしょう。カクテルはスタンダード中心ですが、それらにまつわる薀蓄をこの架空のバーに絡めながら紹介し、そこのバーテンダーであるジェイク(2009年現在の番組ではスタンに代替わりしていますが)の人柄にまで触れている点が、普通のカクテルブックとの違いでしょう。だから本自体が一種の洒落なんですね。
付録としてエッセイがいくつか付いていますが、石原隆(踊る大捜査線プロデューサー)の「スコットランドは寒かったかね?」が読ませます。

ちなみに上述の隠れ家バーで、「グレープフルーツを使った、炭酸の入っているもの」という注文に応えて作ってくれたのが、「シャーリーテンプル」というカクテル。一般にノンアルコールのカクテルとして知られていますが、これはカシスリキュールに生搾りのグレープフルーツジュースを加え、ソーダで割ったもの。京都が発祥のようで、ふつうのカクテルブックには載っていません。知らなきゃ知らないで、こういう発見もあります。

副読本は、酒を語らせたらこの人ということで、田村隆一。あえて、現代詩文庫の『続続・田村隆一詩集』を紹介するのは、この中に収められている「祝婚歌」という詩が好きだからですね。
『続続・田村隆一詩集』(思潮社)

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