アーカイブ ‘ 2013年 5月

忘れられた日本人

忘れられた日本人(宮本常一、岩波文庫)

僕の父は戦中の生まれですが、それら親の世代の人たちはとにかくよく昔話を語っていたし、また聞かせる話をしていた気がします。
無論、民間伝承というほど大げさなものではなく、自分自身の体験談であったり、あるいは「こぼれ話」の類いなのですが、例えば、いつだったか父がこんな話をしてくれました。

「わしの知り合いにGさんという人がおるが、そのGさんが失業してブラブラしとった頃の話じゃ。その頃、いつもGさんにくっついて歩くシゲという男がおった。どこへ行くのでも『アニキ、アニキ』言うて付いてくるから、Gさんも『知らん人が聞いたら勘違いするから、そのアニキはやめえ』言うて嫌がっておったけどな。

まあ、それでも、シゲがそばにおるもんじゃから、Gさんもだんだんと用を言いつけるようになる。いつじゃったか、わしとGさんとで港の岸壁でチヌ釣りをしとったことがあって、そのときもシゲが付いてきとった。風の強い日じゃったから、釣っとる最中にわしの帽子がポーンと飛ばされてな。『あっ』と思うたけど、海に落ちてしもうた。波の上に浮かんどるのが見えるんじゃが、竿を伸ばしても届かんし、困ったな、まあ、しょうがねえわと思うた。

そしたら、Gさんが後ろを振り向いてな、『おい、シゲ! あの帽子を取ってけえ!』と言うんじゃ。シゲが『ハイッ!』と元気に返事するから、はて、どうするんかなと思うたら、その場で服を脱いでな。そのままドボンと海に飛び込むんじゃ。それから帽子のとこまで一気にガーと泳いだかと思うたら、わしの帽子を手にして、『アニキ! 取りましたで!』とニカッと笑うんじゃ。わしも色んな人間は見てきたつもりじゃが、あういう人間を見たのは初めてじゃったな」

いわゆるオチのある笑い話とは違うし、何か教訓めいたことが含まれているわけでもない。どうでもいいと言えば、実にどうでもいい話なのですが、不思議と僕はこの話が好きなのです。ちなみに僕の地元ではこういう話を聞いたときに、「ほう、そげなことがあるもんじゃな(そういうことがあるのですなあ)」と答えるのが、何かひとつの合いの手のようになっています。

父の話はともあれ、かつての大人たちの口から出た「語り」にはどこかゴロリとした、いわば日向に置かれているうちに温もった石のような手応えと温度がありました。これは今で言う「トーク」とは、似ているようでどこか趣が違う気がするのです。トークがある意味、聞き手の反応を引き出す、つまり多かれ少なかれ「ウケ」や「効果」を意図するものであるのに対し、「語り」は必ずしもそういうものを目的としているようには思えないからです。

何よりもまず、「語り」は相手と同じ時間を共有することが主眼のように思えます。話し手が語り、聞き手が聞くことによって生まれる時間。それを共にすることそのものが、語りのもたらすものであり、話自体はその時間を共有するための媒介のように思えるのです。「シェア」という言葉でいえば、そこで交わされているのは話でもなく、ましてや情報交換でもない。お互いが持っている時間を分け合って、ひとつの場に供すること、それがシェアされているものかもしれません。

いわば焚き火に手をかざすように、語り手の話にその場の人たちが手をかざしていた。「語り」が持つ、どこかゴロリとした日向の石のような手触りは、そのような場がもたらしたものだという気もしてきます。

前置きがすっかり長くなりましたが、本書は民俗学者の宮本常一が全国の村を訪ねて、その村の人々から聞いた話が中心になっています。語り手は、僕の親の世代からさらに上の上の世代である古老たちであり、そこで語られるかつての日本の村々の暮らしぶりはすでに今の日本から失われて久しく、それ自体が貴重な資料ではあるのですが、同時にこの古老たちの語り口もまた失われつつある、ということは心のどこかに留めておいてよいかもしれません。

さて、今回の副読本ですが、迷った末に「釣りキチ三平」を挙げておきます。 僕が子供の頃に夢中になって読んだマンガであり、「僕も三平みたいにイワナを釣ってみたい」と裏山に竿を持って登ってみましたが、僕の地元にイワナがいないと知ったのはずっと後になってからでした。そもそも裏山に渓流がなかったのです。
「釣りキチ三平」(矢口高雄、講談社漫画文庫)

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