カテゴリー ‘ 2007年の手紙

かつて暮らしていた街を去って

親愛なるサムへ
かつて暮らしていた街を去って、1年余りが経ち、この街にも2度目の冬がやってきた。このページを少し下の方にスクロールすれば、2年ほど前の君への手紙があり、そこには「気に入っていた鯛焼きの屋台がなくなって悲しい」と書かれているのだが、今でも冬が来るたびに思い出すのは、「トポス」という名前のスーパーマーケットの裏で、厚い軍手をはめたおばちゃんがせっせと焼いていた、その鯛焼きのことばかりである。すぐそばの公園のベンチで、いつも仕事をサボっては頬張っていた。「鯛焼きに焦がされている『罪と罰』」という句も作って、捧げたほどである。
鯛焼きの匂いは、小麦粉の焦げた匂いなのだが、それは冬の焦げた匂いだ、と思う。赤く錆びたドラム缶に落ち葉をたくさん入れて焚き火をして、大人も子供もみんなで輪になって手をかざしながら、いつまでも終わらない話をしている枯葉の焼ける匂い。木枯らしの中で、ひとつところにだけ陽の光が当たって、そこにうずくまっていると半ズボンからはみ出した膝小僧だけがポカポカと温かくなってくる、その膝小僧の匂い。ホッカイロを腹巻に入れて授業を受けていたら、とんでもなく熱くなって、でも厚着をしているのでなかなか取り出せないでいる、そのホッカイロの酸化鉄の匂い。それが僕にとっては冬の焦げた匂いである。
年を重ねると、いろいろなものを失っていくというけれど、今のところ、僕が失ったものはその鯛焼きだけである。
2007/12/14 Friday

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