カテゴリー ‘ 2014年の手紙

とある街で会社勤めしていた頃

親愛なるサムへ
とある街で会社勤めしていた頃、職場の近くにカレーショップがあった。しっかりと煮込んだカレーが評判で、僕もちょくちょく通っていた。昼食時にはいつも満席だったが、それ以外の時間帯はさほど忙しくないのか、店の大将が一人で切り盛りしている、そういう小さなお店だった。
休日出勤したある日、僕は遅い昼食を取るために会社を出た。祝日のビジネス街はまことに閑散としていて、どの店も「定休日」の札が下がっている。まいったなと思いながら、ふらふらとカレーショップのある路地に出た。まあ、やってないだろうと諦めていたが、意外にも営業していたので迷うことなく店に入った。
さすがに店内は空いていた。テーブル席に3人連れがいるだけだった。昼下がりのカレーショップで何を話しているのか、妙に盛り上がっている。 僕はカウンター席に腰掛けると、カツカレーを注文をした。店の大将は「はいよ」と短く答えて、カレー鍋に火をつけた。
大将は五十過ぎといった感じで、三國連太郎と小林薫を足して二で割ったような、曰くありげな顔と言うのだろうか、何か重たいものの2つや3つは背負っていそうな雰囲気がある。あまり愛想はない。が、不親切というわけではない。どこかつかみ所のない茫洋とした感じだった。店が混んでいないのを幸いに以前から気になっていたことを訊いてみた。
「ここってチェーン店なんですか」
「そう。チェーン店とフランチャイズね」
「ふうん」
「ここが一番古いねん。路地のちょっと奥まったとこやし、人通りも少ないから、ここで当たるかどうかちょっとやってみたろて思てん」
同じ名前の店が何軒かあるので気になっていたのだが、話を聞く限りでは、この大将がカレーショップチェーンの総帥というか元締めらしい。しかし、どうも人を束ねるタイプには見えない。人通りが少ないからやってみよう、というのも不思議な話だった。
「道の向こうにあるの、あれもチェーン店なん?」
「そう。あれ、嫁はんがやってんねん。嫁はんがやんのが一番間違いない」
やはり何となく不思議な大将なのである。僕は重ねて訊いてみた。
「ルーとか店ごとに作ってんの?」
「うん。店ごと」
「それで困らへんの? 旨い店とかまずい店とか出るやろし」
「困らへん。それは客が決めたらええことやし」
「ふうん」
「肉もそれぞれ。トンカツのパン粉もそれぞれ。この店なんか、ええパン粉使こうてるけどな。安いパン粉で済ませてるとこもある。それぞれやな」
そうなってくるとチェーンストアからかけ離れてくるような気もしたが、この大将の口から「肉もそれぞれ、パン粉もそれぞれ」と聞かされると、不思議とそんなチェーン店があってもいいかという気になってくる。
「それぞれの店にあれせい、これせいって言わへんの?」
「言わへん。教えてくれって言われたら、教えたるけどな」
「ふうん」
「フランチャイズも二通りあってな。看板だけ貸してくれたら、あとは自分の好きなようにやりたいってところと、言うこと聞くから全部教えてくれってところと二通りやな」
「言うこと聞くっていう方がうまく行くの?」
「そらそやな。この道何年やってるから俺のやり方が一番ええ、というところは大抵ポシャってるな。言われたとおりにしますというところはそない儲からんでも、何とかやっていけてるな」
なるほど、何となくわかる気はする。儲からんでも何とかやっていけてる、というところに説得力があった。
「うちの本部のホームページがあんねんけどな。そら、すごいで。あそこの店は旨い、この店は不味いってお客さん、好きなように書いてるわ。どこの店長もハラハラしてんのとちゃう」
「ほう。そのホームページ、また見させてもらうわ」
「そんなん、見んでもええ」
そうこうしているうちにカツカレーがやってきた。テーブルの上の壷を開けて、らっきょと福神漬けを皿に載せる。キョロキョロしていたら、大将がキャベツのコールスローが入った壷を持ってくる。そう、このコールスローが旨いのだ。
ここのカレーは甘口で、僕の好みだった。いかにも自家製という感じで、色々な食材が入り混じっているのがわかる。溶けていることの恍惚と幸福があり、そこにしっかりと利いたスパイスが重低音のように響いている。僕は満足して食べ終わると代金を支払い、「おおきに」という言葉を聞きながら店を出た。
それから一週間ほど過ぎた頃か、この大将と道でばったりすれ違った。道の向こうの「嫁はんの店」に手伝いに行っていたのかもしれない。お互いに一瞬誰だかわからなかったが、すぐに思い出した僕は笑いながら会釈した。大将はあの曰くありげな顔を少しも緩ませることなく、重々しく会釈を返した。それがいかにも大将らしくて僕は妙に嬉しかった。
2014年7月23日 水曜日

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