カテゴリー ‘ 2009年の手紙

先日、片岡義男の『白いプラスティックのフォーク』

親愛なるサムへ
先日、片岡義男の『白いプラスティックのフォーク』(NHK出版)という本を読んだ。食についてのエッセイ集なのだが、その中に「スープはどうなさいますか」という小題の文章があって、こんな一節があった。
「日本でのもっとも平凡な生きかたとされてきたサラリーマンが、ひと頃は企業戦士と呼ばれた。戦士たちの現状には敗色の彩りが濃い。戦後の日本は人々がぼけるほどに平和だった、と誰もが言うけれど、平和だからこそ遂行することの可能な戦争、という種類の戦争が続いてきて、いまも誰もがその戦中にあるのではないか」
本が出されたのは2005年だから、「戦士たちの現状」とは4年前だと考えていいと思う。少なくとも「敗色」は今と同じぐらいか、今のほうがもっと悪いだろう。
片岡義男は、「平和だからこそ遂行することの可能な戦争」がどういったものなのか、具体的なことは何も書いていない。でも、そのとき僕の頭に浮かんだのは、菊地成孔が書いた加藤和彦の追悼文の一節だった。
菊地氏は2009年10月19日付の自身のブログで、加藤和彦が鬱病と診断されていたことに触れ、この病の克服に社会の全セクションが取り組むべきだと前置きした上で次のように書いている。
「あの、素晴らしい愛をもう一度。という痛切な『フォークのメッセージ』は、現在『ずっとそばにいるよ』『一生守ってみせる』『声を聞かないと不安になる』に変質してしまいました。我々は、アンチエイジングなどしている場合ではない。大人という、非常に贅沢な演技が全うでき、老人という、非常に贅沢な本質が全うできる社会を取り戻すために、全セクション総力を上げて闘って行かねばならないのです」
この中で僕の目を引いたのは、「ずっとそばにいるよ」、「一生守ってみせる」、「声を聞かないと不安になる」というメッセージが現在の特質だ、と指摘しているところだ。
というのは僕も、これらのメッセージにある種の気持ち悪さを感じていたからだ。その気持ち悪さの理由がわからないまま、一体いつの時代から「一生守ってみせる」という言葉は流布したのだろう、とずっと疑問に思っていた。でも、冒頭の片岡義男の文章を読んで、ふと思いついた。
「ずっとそばにいるよ」、「一生守ってみせる」、「声を聞かないと不安になる」という言葉は、じつは「戦場」で交わされているメッセージではないか。ずっとそばについて、誰かを守る必要があって、声が聞こえなくなると不安になる、そういう場所があるとしたら、「戦場」以外に考えられないのではないか。
僕が感じていた気持ち悪さとは、これらのメッセージの中身にあるのではなく、一見平和に思えるこの社会の中で、それらの言葉がまるで銃弾や砲弾の飛び交う戦場をイメージさせる、そのことにあるのかもしれない。
「あの素晴しい愛をもう一度」という曲はある意味で、「あの素晴しい愛」を回顧し、「もう一度」と希求できる社会を歌っていると言える。「あの」と言うとき、その社会にいる誰もが共通して思い描ける愛の姿があり、たとえ、心を通わせあうことができなくなったとしても、再び他の誰かと絆を結べることが前提としてある。これはそういう時代の歌なのだ。それは「信頼のインフラストラクチャ」を備えた社会と言ってもいいかもしれない。
しかし、現在の我々は、恋人に「ずっとそばにいて一生守ってみせる」と訴え続ける必要があるほど、社会の基盤となる信頼関係が破壊されているように見える。本当なら我々は、恋人がずっとそばにいなくても、守ってみせると言われなくても、声が聞くことができなくても、過剰に不安になったりせずに生きていけるだけの信頼関係をその社会、つまり恋人や家族以外の他の誰かに持ちうるはずなのだ。それは道ばたで倒れたとき、そばに恋人がいなくても、見知らぬ人が手を差し伸べてくれる社会である。我々が誰かを愛したり、誰かに愛されたりするなら、そういう場所のほうが戦場よりもはるかに幸せなはずなのだ。
もしも、我々が戦場にいるのだとしたら、それはどんな戦争なのか。我々は誰と戦っているのか、何と戦っているのか。ひょっとして、我々が戦っている相手は、我々自身の「心」ではないのか。我々は自分自身の心に爆撃を加え、粉々に破壊し、廃墟にしようとしているのではないか。何のためにそんな戦いをする必要があるのかはわからない。ただ、「平和だからこそ遂行することの可能な戦争」とはそんな戦争に思える。そして、「ずっとそばにいて一生守ってみせる」という言葉は、今まさに破壊されかけている心が、やはり破壊されかけている他の心へ呼びかける叫び声に聞こえる。
すべては僕の思い過ごしであればいいと思う。でも、そんな気がしてならないんだよ、サム。
2009年10月27日 火曜日


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