親愛なるサムへ
昔、大阪で働いていた頃、しばしば深夜零時を過ぎて会社を出ることがあった。すでに終電を過ぎているので、タクシーで帰るしかない。僕は通りすがりの流しのタクシーを拾うのが好きなのだが、クタクタに疲れているときに、わざわざ探し回るのもしんどいので、タクシー会社に電話して、会社の前まで来てもらっていた。
パカッ、パカッとハザードランプを点滅させながら、タクシーがやってくる。深夜残業の後で、これほど心安らぐ光景はない。家に帰れるんだ、と思うひとときである。
車に乗り込んで、「布施へ」と行く先を運転手に告げる。東大阪市にある繁華街で当時はそこに住んでいた。この「布施」の発音が意外と難しい。僕は元々大阪の人間ではないから、「布施明」のつもりで布施と平板に発音する。その度に運転手から「布施ね」と聞き返される。運転手の発音は「伊勢」のイントネーションに近い。行き先を告げる度に、そうやって聞き返されるので、一時期はかなり悩んだ。玉造か桃谷か、もっと発音しやすい場所に引っ越すべきかと思ったほどだ。
しばらく走り出した後、運転手が「どこを通りましょ」と尋ねてくる。深夜だから、どこを通っても道は空いている。うーんと考えていると、再び運転手が聞いてくる。
「片町を通って、鴫野、放出で内還に出ましょか?」
悪くないコースである。夕方あたりの放出は川沿いの住宅街に暮れなずむオレンジ色が美しい。しかし、深夜である。鴫野あたりは街灯も少なく、いささか淋しい。
「松屋町から長堀通りで玉造に出るルートもありますけどね」
大通りコースである。いくぶん面白みには欠けるが、煌々と街灯で照らされた道ばかりなので淋しい気はしない。
「法円坂から中央大通りで深江橋に出てもええし」
これは中央大通りに出てから高架下を通るのだが、夜だとその雰囲気がどうもあまり好きではない。どのコースにしても、時間は大して変わらないので、もう、車窓から見える風景が好きかどうかになってしまう。
「じゃあ、松屋町コースでお願いします」
「了解です」
コースが決まったので、やれやれである。と同時に、腹が減っていることに気付く。タクシーに乗る前にどこかで何か食べておくべきだったか。自宅の近くには、まだこの時間でも営業している中華料理屋がある。そこはホルモン丼が美味い。頭にホルモン丼を思い浮かべて、自問自答する。食べたいか。いや、特に食べたい気分ではない。
その近くにラーメン屋もあった。豚骨ラーメンの店である。再び自問自答する。食べたいか。いや、特に食べたくない。ようするに腹は減っているが、何でもいいというわけではない。ネギがたっぷりと入った、アツアツの鴨南そばなら食べたい気もするが、あいにくと自宅近くに蕎麦屋はなかった。まあ、食べなくてもいいだろうと考え直す。
シャッターの降りた問屋街を過ぎて、車は長堀通りに入る。すぐに上町台地を上る緩やかな勾配にさしかかる。美しい坂だと思う。何がどう美しいのかと聞かれても困る。勾配の角度を測ったところで、言い当てたことにはなるまい。ただ、あの銀河鉄道999が星を飛び立っていくときのように、そのまま他の惑星に旅立ちそうな気がしてくる。
「飲み会かなんかの帰りですか」
「いや、仕事ですわ。飲み会やったらよかったんですけど」
「はあ、大変ですなあ。じゃあ、帰ってから一杯っちゅう感じですな」
家に酒があったか、と考える。ウィスキーのボトルが一本あったと思うが、どうだったか。底にほんのりと琥珀色の液体が残っていた気がするが、あれは飲んだのではなかったか。いや、飲んでなかったか。よく思い出せない。
玉造を過ぎて、道は東南に向かって伸びる。家に近付いて来たな、と思う。布施で生まれ育ったわけではないのに、そこを我が家だと思うのもどうしたことか、という気がする。僕にとってはあくまで仕事の都合で住むことになった賃貸マンションであり、いわば仮の宿である。他に帰る場所はない、ただ、それだけの理由に過ぎないのだが、しかし、それでも繰り返し帰るうちに、そこは懐かしき我が家になる。我が家だから帰るのではなく、帰り続けているうちに我が家になるということだろうか。
車は今里の交差点で、千日前通りと合流する。ここまで来れば、歩いても帰れない距離ではない。
道の両側にオレンジ色の街灯が点っていた。僕は千日前通りのこの街灯をタクシーから眺めるのが好きだった。ビデオに撮って何度でも眺めたいほどだ。座席に背中をもたせかけ、窓ガラスに頭を傾けながら、後方に飛び去っていくオレンジ色を繰り返し見た。ユーミンなら、この光景を見て、どんな歌を作るだろう。「千日前フリーウェイ」。「カンナ千日前通り」。フリーウェイではないな。カンナも咲いていない。
夢心地の気分はコクヨの本社が近付いたあたりで、現実に引き戻された。
「新深江で右折しますか」
「ああ、そうしてください」
「了解です。布施の駅まで行ったらええですか」
「いや、近鉄の線路の手前で下ろしてください」
右折したタクシーは内環状線に入り、それからしばらくして停まった。僕は料金を払って車を降りた。さて、どうするか。いや、このまま自宅に帰るしかないのだが、何か惜しい気がした。かといって、ホルモン丼も豚骨ラーメンも食べたくなければ、ウィスキーもさして飲みたいわけではなかった。
タクシーのテールランプが遠ざかって、やがて見えなくなる。叶うことならば、あのタクシーをもう一度捕まえて、乗りたかった。そして、どこに帰るあてもないまま、夜の大阪をひたすら走って欲しかった。
2013年9月1日 日曜日

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