親愛なるサムへ
半ドンの頃の土曜日がときどき懐かしくなる。むしろ、土曜日は半ドン時代が輝いていたと言うべきか。
午前中だけ仕事なり学校なりがあって、午後から休みに入るというこの制度は、冷静に考えれば中途半端でもあるけれど、それは週休二日制に慣れた身だから思うことであって、当時、午前中だけ学校に通うのが面倒だという気持ちは不思議となかった。むしろ土曜日は午後から休むことができる、その喜びの方が大きかったように思う。
小学校からの帰り道も土曜日は輝いていた。そもそも昨日までの下校時刻とは太陽の高さが違う、影の長さが違う、朝の気配がまだ残っている。その一つ一つがいつでも新鮮だった。ふだんなら同級生と道草を食う通学路もつい足早になる。待ちに待った休日で、気持ちが焦っているのである。ぼやぼやしてはいられない。付け加えるなら、土曜日は給食がなかったので、腹が減っていたという理由もあったかもしれない。
帰宅して食べる昼食がどんなものだったか、あまり覚えていない。ただ、サンドイッチを食べていた記憶は何となくある。母が作るサンドイッチは、生の食パンではなくトーストで挟んだものが多かった。12枚切りぐらいの薄い食パンを焼いてバターを塗り、その間に具を挟む。レタス、ハム、キュウリ、玉ねぎ。そのあたりが定番で、後はマヨネーズで味付けをすることもあったが、塩だけを軽く振っていることもあった。その塩味を子供の頃は味気ないと思ったが、今から考えれば悪くない味だった。
茶の間でそのサンドイッチを頬張りながら、テレビを見る。土曜日の正午台はいつも関西の喜劇が流れていた。昼食のことをよく覚えていないのは、その喜劇に夢中になっていたからだろう。お決まりの場面で繰り出されるギャグに、やはりお決まりのようにケラケラと笑っていた。頭が真っ白になるほど笑っていた気がする。
昼食を済ませ、喜劇が終わった後も、そのままテレビの前で寝そべり、ぼんやりとブラウン管から流れる映像を眺めていた。あれほど足早に家路を急いだのは、まさにこの時が止まったような恍惚とした亜空間を楽しみたいがためだった。
当時、土曜の1時台にどんな番組があったのかは記憶がおぼろだが、その合間に流れるCMだけはよく覚えている。テレビを眺めながら、そろそろ来るなと思う。番組がCMに切り替わり、聞き覚えのある曲が流れてくる。
「ジャマイカ〜、ジャマイカ〜」
陽気でのんびりとしたラテン風の曲調。青い海をバックに、日本人の俳優と外国人の少年が並んで座っている。二人で何度か掛け合いをした後、オチが付く。最後にカリブ海風の青い海と砂浜が映し出される。
それは缶コーヒーのCMだったが、僕の目はいつも海と砂浜に吸い込まれた。それが本当にカリブ海だったかどうかはわからない。仮にそうだったとしても、カリブ海にはバミューダ・トライアングルという飛行機や船が消える恐ろしい場所があると、当時の少年雑誌に書いてあったので、行ってみたいとは思わなかった。ただ、このCMを目にする度に「ああ、土曜日だ」と思った。自分は今、たしかに土曜日の午後にいると。
ブラウン管の中に映し出されるカリブ海風の海。行ったこともなければ、行くこともないであろうあの海が、大人になった今でも「ジャマイカ〜、ジャマイカ〜」という曲と共に思い出されることがある。それは僕にとって、短い影の通学路と塩味のサンドイッチ、弾けるような笑いと恍惚としたけだるさ、つまりは二度と手に入ることのない輝かしい土曜日の記憶なのだった。
2014年4月10日木曜日

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